看護師の本質の始まり
看護師の歴史の始まりは、人間の日常生活における人間らしい行動から始まったといえます。つまり、人間社会を取り巻く環境としては、現在と同じように、昔であっても病気や怪我をしたり、障害を持ったりした人は存在していました。そのような中で、女性が子供を産み育み、子供は1人では生きていくことができないので両親が子供を養育し、さらには、元気なものが弱ったお年寄りをいたわるといったことや、人同士がいたわり助け合うという、ごく基本的な人間らしい考えや行動が基本になっています。こうした行為が、その対象を肉親だけにとどまらず、さらに広がりを見せ他人の世話へと変わっていったのが看護の起源です。
看護師の歴史の始まり
中世のヨーロッパでは、慈しみの心を持つキリスト教を基盤とした修道院が数多くありました。こうした修道院においては、貧しい人や病人、老人などといった介護や介助が必要な人を収容しており、その世話していたのは修道院の女性達です。この時代においては、看護という行為は宗教的な心から生み出される行動の一つと考えられていました。しかし、時代を経ることによって、こうした行為がフローレンス・ナイチンゲールによって、宗教と看護はまったく別のものとして定義され、近代的な看護として定着し、看護師の歴史は始まりました。
看護師とナイチンゲール
フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale、1820年5月12日生~1910年8月13日没)は、イタリアのフィレンツェで生まれたイギリス人の看護婦、統計学者、看護教育学者で、近代看護教育の生みの親といわれている人です。ナイチンゲールは、看護師としても活躍していましたが、それ以外にも病院建築においても、非凡な才能を発揮していました。その反面、ナイチンゲールは赤十字活動にはまったくかかわっておらず、それどころかボランティアによる救護団体の常時組織の設立には真っ向から反対していました。これには、マザー・テレサの考え方と同様に、「構成員の自己犠牲のみに頼る看護の援助活動は決して長続きしない。」、「構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である。」と考えていたからといわれています。